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父と私  [古ひつじの詩(川柳・狂歌・詩・散文など)]

ほんとうは、
父に会うのがつらくてたまらないんだ
あんなに元気だったのに
動けない父
話せない父
今は緊急入院

「これだけ繋がれて 見張られてるからだいじょうぶだよ」
ウソをついたら
眉をふっと上げて少し笑った

意識が朦朧としているから
これも明日まで憶えていられない

漢字だらけの病名が並んで
このまま治療を続けても
今の症状が少し改善されるだけで
結局はたいして変わらないこと
主治医がおだやかに説明してくれた


くそまじめで、
頑固で、
わがままで、
思い込みが激しくて、
思い込んだら誰が何と言おうとテコでも動かない
心底うんざりした私は
何度涙したことだろう

子どもが大好きで、
ましてや
孫たちにはもろ手を挙げて全面降伏(笑
そこまで変わる?と笑えるほどに豹変した

犬が大好きで
狡い人は大嫌い
飼い猫が死んだらいつまでも涙を流し、
5才で喪った母親の話になると必ず泣いた



とにかく痛くないように
苦しくないように
対応してもらうことにした
むりやりな延命治療もお断りした



酸素をつけていても
あえぎながら息をする父を毎日見舞う


父を見るのがつらくって
ほんとうは行きたくないから
私は出掛ける間際までぐずぐずしている



気が進まないことにぐずぐずしていると、
大きな平手やげんこつが飛んできた
怠け者には容赦がなかった

第一志望の大学を落っこちたときも
「何やってたんだ」と激怒して
半年以上も口をきいてもらえなかった


いついかなるときも努力を惜しむな


そりゃそうだけどね
凡人の私には
なかなか無茶な話だよ


戦争を体験して
目の前で非業の死をたくさん見届けてから
昭和の時代には不動の信条で世界中を駆け巡った


世の中の不条理に
話せば分かると
正論と誠意の御旗を掲げて
真正面から挑んできた人生ではなかったか


人種差別や
仕事上の裏切りや汚さ など
歯を食いしばりながら
乗り越えてきたんだろう
あの性格だから
許せないことは多かっただろうし
その分 苦しかったにちがいない


終戦後の焼け野原から現代まで
日本の復興に貢献した世代の一人だ

今、平和ボケしていられるのも
この世代のお陰だと私は思っている

私なんか
とろんとろんのぬるま湯で
呆けてふやけた間抜けに見えてたんじゃないかw



あれだけ喋っていたけれど
案外の口下手だったんだと
父が伝えたかったことを
今ごろやっと解せるようになった


ずいぶん言葉が足りなかったんだなぁ…
私の容量も不足してたけど…
父の方が余程感情的ではなかったか


私は父から、
涙に集中するよりも
まず対策と対応に集中することを教えられた

父が戦争中に学んだことだったのかもしれない




ああ、でも父は存分に生きたに違いない
その人生を見上げるとき
若いころのわだかまりは不思議と消えて
天の川のごとく
あそこに
確かに父の人生がある と思う


私と
まだまだ若い私の子どもたちに
今も この生きざまを見せてくれている父



私はそれでもまだ逃げようと画策する
「情けない!」って
平手やげんこつが飛んでくるぞ

ほんと
私って情けない
父の この年齢で
私の この年齢で
今さら何をじたばたしてるんだか…


分かってるよ…


できることなら
ひと言も言い返せないような憎たらしい正論を
また私にぶちまけてくれ

父の無謀な正論の後ろにある
父の直面したであろう数々の苦悩を推しはかれるくらい
私はおとなになってるんだから




「ありがとう」 と今は言えなくて
「肺炎が良くなってきている」 はずだから
父の前ではにこにこと座っている
そんなこと言ったら
私のウソがばれちゃう
これっぽっちのウソさえ許さぬ性格だから
また逆鱗に触れちゃうよ


おとうさん
ありがとう


面と向かって伝えてもいいくらいまでは回復してほしいけど

私はこの悔いを背負って生きていくのかもしれない
それもいいのかなと思う



今支えてもらっている言葉
「さよならをいうのがこんなにもつらい相手がいるなんて、
ぼくはなんて幸せだろう」

また怒られちゃうよ
だって、クマのプーさんだものw
最後まで出来の悪い娘です
参ったか
参ったなぁ


また、おもーい自分を引き摺って病院に行ってきます[るんるん]
ほんと、私って情けねー[たらーっ(汗)]
  

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